· 

幸せのセンサー

.

先週末、3日間で10時間、

インドの方に、呼吸法を教えていただいてきました。

.

はじめは、講習代もとっても高く、

また、宗教の勧誘の窓口に利用され、あとあと面倒くさい思いをしないのかなどなど、

いろんな疑念を持ちながら、締切日まで迷った挙句、参加を決めました。

.

実際に参加してみると、すぐに疑念は消え、貴重な時間を過ごすことができました。

.

呼吸法の指導よりは、インド哲学などの「思考」についての座学の方に重点がおかれていたように思います。

.

習って呼吸法については、また機会があればpostしたいと思うのですが、

今日はその座学の中で興味深かったエピソードを交えて綴ってみました。

.

.

食に関する講義のなかで、

突然、プチトマトを一つ手渡されました。

.

目を瞑り、口に入れ、素材に感謝しながら、5分程度の時間をかけてゆっくりゆっくりと「食べる」体験です。

.

口の中で、右に左にとコロコロ転がしながら、口の中のトマトを意識しながら、

ひと噛み・・・

「ジュワッ」と果汁がでてきたら、ゆっくりと味わいながら、少しづつ少しづつ食べ進めていきます。

.

私も日頃から、咀嚼は多い方で、時間が許す限り、一口80回を目標に咀嚼しながら食べることを実践しております。

その私でも、小さなプチトマトを5分以上かけて食べた経験は初めてでした。

.

食べ終わった後は、何とも言えない穏やかな気持ちになります。

満足感から幸福感のような。

.

.

以前にもpostしたことがありますが、

人間には機械でいう「センサー」のような機能があり、それが幸せ度を感知しているのだと思っています。

そして、大事なことは、そのセンサーの「感度」だと思います。

.

現代社会で人が生きていくためには、お金が必要です。

しかも、たくさんあればあるほど生き方の選択肢の幅が広がります。

.

しかし、だからといって、欲望のままに突き進んでいってもすぐに物理的な限界を迎えてしまいます。

お金が使える限界点など、すぐに迎えてしまうわけです。

やっかいなことは、どんどんといわゆる「不感症」になり、満足というものが先に先にと逃げていきます。

人間の欲望の連鎖は一度膨れ上がりだすと、止めることは至難の業です。

よく、富も名声もあり、死ぬまで何不自由なく暮らせることができる人が、薬物中毒で廃人になったというような話などは、万国共通ではないのでしょうか。

.

平凡で、何気のない日常の生活の中に、

喜びや楽しみ、また生きがいなどを感じることができる位置に、

センサーの感度のツマミを合わせるためには、

.

繊細な心や、

感受性、精神性などを育むことが必要なのだと改めて思い起こすことができる貴重な体験でした。

.

「足りるを知る」

今年からのテーマにしたいです。

.

.

リリーのインスタグラム

.

.

 

TOPへブログトップリリーブログトップ